波止場神社について

波止場神社は「稲尾神社」とも呼ばれ
地域の誇りに

波止場神社は、私の資料館から歩いてすぐ近くの所にある。この神社は以前、近所の人には金毘羅様と呼ばれていて、全国的にみても波止場神社というのは珍しい。私が子供のころは、ここは絶好の遊び場で近所の仲間が大勢集まっては境内でかくれんぼをしたり三角野球をしたりしてよく遊んだの覚えている。この神社の周りは、昔はたくさんのホテル旅館街があって、宿泊客が旅館の浴衣姿でタオルをもって近くの市営竹瓦温泉に行ったり、アーケード商店街にお土産を買いに行ったりして賑わっていた。その途中に観光客が大きな松のある神社境内に入りお賽銭を投げてお参りをし、松方正義侯の築港の石碑や神社の天井絵を見たりしながら湯あがりにのんびりと歴史探訪ができる名勝地であった。また、この神社のすぐ近くには元西鉄ライオンズの鉄腕稲尾投手の実家があった場所で、稲尾さんも子どもの頃はよくこの波止場神社で木に登ったり、キャッチボールをしたりして遊んでいた。最近稲尾さんは亡くなったが生前より近所の人からは、この波止場神社のことを愛称で稲尾神社とも呼ばれ地域の誇りになっている。

松方正義公について

稲尾和久投手について


波止場神社 縁起

一、 縁起 ・地域発展・立身出世・学問成就・祈願成就・無病息災・商売繁盛・航海安全・漁獲豊漁 等の守護神として最も崇敬されている。 この別府築港を提案した当時松方正義日田県(のちに大分県)知事はその後、内閣総理大臣に就任、またこの神社のすぐ前に元西鉄ライオンズ稲尾和久投手の実家ががあり境内は子供の時の遊び場であった。幼少時から漁師である父の手伝いで伝馬船に乗って櫓を漕いで足腰を鍛えたという話は有名である。このように松方正義公や「神様仏様稲尾様」の鉄腕稲尾投手がこの波止場神社に因んで誕生したことから、別名「出世神社」「稲尾神社」とも呼ばれている。  なお、波止場神社拝殿の貴重な天井絵は、別府市日本画教室のみなさんにより当初の花鳥画を精巧に復元して奉納されたものである。


写真ギャラリー

これまでの波止場神社奉賛会等の活動写真を紹介します。

おおいた未来信用金庫波止場神社清掃活動1
おおいた未来信用金庫波止場神社清掃活動2
波止場神社築港の碑拓本製作 別府大学書道部1
波止場神社築港の碑拓本製作 別府大学書道部2
波止場神社築港の碑拓本製作 別府大学書道部3
波止場神社が豪雨により被災1
波止場神社が豪雨により被災2
波止場神社修復工事起工式神事1
波止場神社修復工事起工式神事2
波止場神社修復工事1
波止場神社修復工事2
波止場神社修復工事3
波止場神社拝殿天井絵しゅう
波止場神社拝殿天井絵修復前1
波止場神社拝殿天井絵修復を手掛けた別府日本画教室のみなさん1
波止場神社拝殿天井絵修復を手掛けた別府日本画教室のみなさん2
波止場神社拝殿天井絵復元 (別府日本画教室のみなさん)
波止場神社修復完成式典に参加された松方峰雄氏1 平野資料館で波止場神社資料展見学
波止場神社修復完成式典に参加された松方峰雄氏の歓迎会2
波止場神社松の大木を大型クレーンを使って伐採中1
波止場神社松の大木を大型クレーンを使って伐採中2
鉄腕稲尾投手のサイン入り石のボールとバットモニュメントを㈱西石油より寄贈
波止場神社境内に新たに設置された鉄腕稲尾投手モニュメント
鉄腕稲尾和久投手 竹瓦温泉前

歴史

波止場神社 由緒記   
 社名    波止場神社(所在地 大分県別府市元町 大字別府五九九番地)  一、 御祭神(七神)    
・気長足姫命・・・・神功皇后    
・倉稲魂命・・・・・稲荷神    
・菅原神 ・・・・・菅原道真公(天神:学問・文化の神)    
・市杵島姫命・・・・弁財天(宗像三女神)    
・三筒男命 ・・・・住吉三神    
・大物主命 ・・・・大国主命    
・事代主命 ・・・・大国主命の子 一、

御祭日 ・毎年七月九日(宵祭)・十日(例祭)  

一、沿革    
・明治三年(1870)二月  当時日田県知事松方正義公の提案により大分県の玄関口となる別府築港に着手。
・明治三年(1870)  波止場神社鎮座 ・明治四年(1871) 九州三大港の一つとして別府築港が完成。
・明治四十年(1907) 社地が整備され鳥居が寄進される。
・大正 二年(1913)   別府町長吉田嘉一郎により別府築港碑が建設される。 ・大正 四年(1915)  油屋熊八翁等の尽力により大阪商船の 専用桟橋が完成する。
・昭和二十三年(1948) 社地の承継登記が完了した。
・昭和四十二年(1967) 港を別府国際観光港へ全面移転し、 旧別府港は楠港に改名される。
・昭和四十八年(1973) 波止場神社祭典が復活する。
・平成十九年(2007)   旧別府跡に商業施設「ゆめタウン別府」が開店 ・平成二十七年(2015)  有志のご協力により神殿・拝殿の大修理が実施 され一月二十五日に竣工式が行われた。 

一、 縁起 ・地域発展・立身出世・学問成就・祈願成就・無病息災・商売繁盛・航海安全・漁獲豊漁 等の守護神として最も崇敬されている。 この別府築港を提案した当時松方正義日田県(のちに大分県)知事はその後、内閣総理大臣に就任、またこの神社のすぐ前に元西鉄ライオンズ稲尾和久投手の実家ががあり境内は子供の時の遊び場であった。幼少時から漁師である父の手伝いで伝馬船に乗って櫓を漕いで足腰を鍛えたという話は有名である。このように松方正義公や「神様仏様稲尾様」の鉄腕稲尾投手がこの波止場神社に因んで誕生したことから、別名「出世神社」「稲尾神社」とも呼ばれている。  なお、波止場神社拝殿の貴重な天井絵は、別府市日本画教室のみなさんにより当初の花鳥画を精巧に復元して奉納されたものである。


(御寄付のお願い)  境内の社務所・石垣等の修繕のためのご寄付をお願いしています。ご協力をよろしくお願いします。
 
一口 参千円(受付:平野資料館まで) 七福神波止場神社奉賛会       
宮司 神日出男 、会長 林 道弘、事務局 平野資料館(別府市元町十一ノ七)

看板寄贈 別府いでゆライオンズクラブ40周年記念 会長 松尾 敦司 添付写真  1、明治の頃の別府港・地図 1、 新人王受賞時の鉄腕稲尾投手 (波止場神社境内)  1、別府発展の大恩人松方正義公

 

寄付金募集のお願い

 今回、私の今は亡き父の意志を受け継いでこの波止場神社の歴史・文化についての冊子をまとめることができたのも故安倍厳先生をはじめや近所のみなさんのおかげと大変に感謝しています。
 この冊子が湯のまち別府の歴史・文化を活かした別府のまちづくりに少しでも役立てばこの上ない幸せです。明治四年の別府港完成のときにはこの波止場神社で三日三晩市民をあげて、これからの別府の発展と航海の安全を祈願してお祭りが盛大に開催されたそうです。当時の市民の別府発展にかける思いが非常に大きかったことが察せられます。このように市民が一体となって別府再生のきっかけになりうる波止場神社が今多くの人の手により修復保存されようとしている。
 この機会に是非とも修復保存されこの神社がこれからも未来永劫残されて別府が発展の礎になることを心より期待します。

(御寄付のお願い)  
境内の社務所・石垣等の修繕のためのご寄付をお願いしています。ご協力をよろしくお願いします。 

一口 参千円(受付:平野資料館まで) 七福神波止場神社奉賛会

宮司 神日出男       
会長 林 道弘       
事務局 平野資料館(別府市元町十一ノ七)


七福神「波止場神社」改修工事浄財御奉賛のお願い

 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
平素より当社に格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
当社は明治三年六月に創建されて、以来百四十余年、幾多の時代の変遷を経て、おかげさまで今日まで御祭神を祀っております。  
 さて、これまで本殿の屋根の雨漏りの修理等を少しずつ行って参りましたが、現今の老朽化のために神社の大改修が急務となりました。
 もとより本神社は、明治三年に御利益多き七福神様を勧請し航行の安全と別府の発展を祈願して創建されました。当時日田県知事松方正義候の築港の碑も境内にある別府市発展の礎となる大切な神社です。  
 つきましては出費ご多端の折柄、誠に恐縮に存じますが、ご先祖様への報恩謝徳、子孫への信心の遺産として格別なる御奉賛と御支援を賜りますよう、茲に伏してお願い申し上げる次第でございます。  
 本来ならば逐一拝眉の上お願い申し上げるのが本儀でありますが、書面にて非礼の段ご容赦の程重ねてお願い申し上げます。 
(寄付金目標額 壱千壱百萬円) 

七福神「波止場神社」奉賛会 
(順不同)
宮 司 神日出男
会 長 林 道弘 
副会長 松本多嘉久 清松義文  佐藤勝利 高平憲吉
顧 問 千壽健夫   津末武久   関 啓二 
事務局長(会計) 平野芳弘 監 査 西原光彦
平成二十六年一月吉日

お問い合わせ

波止場神社事務所:平野資料館内(波止場神社から歩いて1分)

0977-23-4748 
住所:大分県別府市元町11-7(平野資料館

  • 御朱印帳記入・波止場神社絵馬購入については平野資料館(℡0977-23-4748)まで