歴史

波止場神社 由緒記   
 社名    波止場神社(所在地 大分県別府市元町 大字別府五九九番地)  一、 御祭神(七神)    
・気長足姫命・・・・神功皇后    
・倉稲魂命・・・・・稲荷神    
・菅原神 ・・・・・菅原道真公(天神:学問・文化の神)    
・市杵島姫命・・・・弁財天(宗像三女神)    
・三筒男命 ・・・・住吉三神    
・大物主命 ・・・・大国主命    
・事代主命 ・・・・大国主命の子 一、

御祭日 ・毎年七月九日(宵祭)・十日(例祭)  

一、沿革    
・明治三年(1870)二月  当時日田県知事松方正義公の提案により大分県の玄関口となる別府築港に着手。
・明治三年(1870)  波止場神社鎮座 ・明治四年(1871) 九州三大港の一つとして別府築港が完成。
・明治四十年(1907) 社地が整備され鳥居が寄進される。
・大正 二年(1913)   別府町長吉田嘉一郎により別府築港碑が建設される。 ・大正 四年(1915)  油屋熊八翁等の尽力により大阪商船の 専用桟橋が完成する。
・昭和二十三年(1948) 社地の承継登記が完了した。
・昭和四十二年(1967) 港を別府国際観光港へ全面移転し、 旧別府港は楠港に改名される。
・昭和四十八年(1973) 波止場神社祭典が復活する。
・平成十九年(2007)   旧別府跡に商業施設「ゆめタウン別府」が開店 ・平成二十七年(2015)  有志のご協力により神殿・拝殿の大修理が実施 され一月二十五日に竣工式が行われた。 

一、 縁起 ・地域発展・立身出世・学問成就・祈願成就・無病息災・商売繁盛・航海安全・漁獲豊漁 等の守護神として最も崇敬されている。 この別府築港を提案した当時松方正義日田県(のちに大分県)知事はその後、内閣総理大臣に就任、またこの神社のすぐ前に元西鉄ライオンズ稲尾和久投手の実家ががあり境内は子供の時の遊び場であった。幼少時から漁師である父の手伝いで伝馬船に乗って櫓を漕いで足腰を鍛えたという話は有名である。このように松方正義公や「神様仏様稲尾様」の鉄腕稲尾投手がこの波止場神社に因んで誕生したことから、別名「出世神社」「稲尾神社」とも呼ばれている。  なお、波止場神社拝殿の貴重な天井絵は、別府市日本画教室のみなさんにより当初の花鳥画を精巧に復元して奉納されたものである。


(御寄付のお願い)  境内の社務所・石垣等の修繕のためのご寄付をお願いしています。ご協力をよろしくお願いします。
 
一口 参千円(受付:平野資料館まで) 七福神波止場神社奉賛会       
宮司 神日出男 、会長 林 道弘、事務局 平野資料館(別府市元町十一ノ七)

看板寄贈 別府いでゆライオンズクラブ40周年記念 会長 松尾 敦司 添付写真  1、明治の頃の別府港・地図 1、 新人王受賞時の鉄腕稲尾投手 (波止場神社境内)  1、別府発展の大恩人松方正義公