稲尾和久投手

神様・仏様・稲尾様 鉄腕稲尾投手生誕の地  鉄腕一代稲尾和久モニュメント石碑

  神様・仏様・稲尾様と言われ西鉄黄金時代を築き上げた鉄腕稲尾和久投手の自宅長屋は大分県別府市元町の波止場神社裏にありました。映画「鉄腕稲尾投手物語」(  年)のロケもこの神社周辺で行われ一躍有名地となりました。
 稲尾が新人賞を受賞した際にはふるさと別府に凱旋帰国して多くの人に大歓迎されました。波止場神社境内で記念写真も撮影しました。(波止場神社での当時65歳稲尾投手インタビューより)
 小学6年生の49年、地元の社会人チーム星野組が都市対抗で優勝した。市内をパレードするユニフォーム姿がまぶしかった。境内で三角ベースに夢中になった。「こんなに狭かったかな」。松の木を見上げた。よじ登って松の実を採っては布切れなどをかぶせてボールを作った。ラジオのアンテナをかけて野球中継に聴き入ったのも、この木だった。 「周囲は昔は旅館。随分変わった」。近くにあった自宅の長屋もない。だが、間違いなく「鉄腕」は、ここから栄光への道を歩み始めた。 一世を風びした野武士球団、西鉄の黄金期を支えた。
 58年日本シリーズは宿敵巨人に3連敗後、奇跡の4連投4連勝。「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれ、V3の立役者に。61年は42勝した。 一本釣り漁師だった父久作。5男2女の末っ子は、当時の別府緑ヶ丘高卒業まで夜釣り、朝釣りの手伝いが日課だった。「甲子園出場もなかったし、父はプロ入りに最後まで反対。南海、毎日からも誘われたが、「どうせ2軍。近くにしろ」と言われて、西鉄を選んだ」。
 昔は漁師の子が嫌いだった。今は強靭な足腰と手首は、少年時代に櫓をこいだお蔭と思う。 「時代が変わる。が、何かしら恩返ししたい」65歳の鉄腕稲尾の情熱は衰えを知らない。(敬称略) (平成15年2月5日朝日新聞記事) 数々の輝かしいタイトルを取得し、中でも昭和36年の78試合登板42勝や31年からの3年連続対巨人日本シリーズでの連投はファンに感動を与え、球史を飾る名勝負となりました。引退後西鉄・太平洋監督中日コーチ、ロッテ監督を歴任し以後はテレビ解説などで活躍しました。別府市民球場には稲尾投手のトロフィーなどが展示されています。  

 この度、多くの関係者の協力により鉄腕稲尾投手の生誕の地に鉄腕一代稲尾和久モニュメント碑を建立することができました。特にサイン入りのボール・バットの石碑は商工会議所会頭の西謙二氏また稲尾家の御親族や多くの鉄腕稲尾投手ファンからのご寄付等により今回完成することができましたので関係者のみなさんに心よりお礼を申し上げます。 これから鉄腕稲尾投手のようなすばらしい野球選手が多く育つことを祈願して波止場神社(出世神社)境内に野球モニュメント設置を行いました。全国の野球選手と野球ファンのみなさんに愛される野球の聖地になることを期待しています。

波止場神社奉賛会一同   
祈願絵馬は波止場神社奉賛会事務局(平野資料館内)で販売しています。    
事務局:平野資料館(℡0977-23-4748)                         
つきましては多くのみなさんにこの碑を知って頂くために温泉まつり期間中に鉄腕稲尾投手生誕の碑除幕式を開催することになりましたのでみなさんのご参加をよろしくお願いします。   

腕稲尾投手生誕の地 鉄腕一代稲尾和久モニュメント碑 除幕式       
■ 日 時:2019年4月4日(木)午前7時30分~       
■ 場 所:波止場神社境内(元自宅前)       
■ 除幕式次第(予定)         
  開会         
  波止場神社奉賛会長あいさつ         
  鉄腕稲尾投手生誕のモニュメント碑除幕         
  来賓あいさつ         
  稲尾家親族あいさつ         
  乾杯         
  閉会

(お問い合わせ) 波止場神社奉賛会                     
事務局 平野資料館 ℡23―4748